2004年度 第5回研究会(実践報告)

日 時: 2004年10月23日(土)17:00〜19:00
会 場: 早稲田大学 14号館 6階 610教室
参加者: 田辺先生、大久保、長田、神山、小林(玲)、下山、千葉、塚本、中山、山口(高)、山森
  [敬称略 一般会員五十音順 11名/一般参加者 1名/計 12名]
題 目:『ポートフォリオを活用した英語授業 〜高校3年次「リーディング」において〜』

講演者:中山 健治 氏[早稲田大学高等学院 教諭]
司会者:小林 玲浩 氏[早稲田大学大学院 教育学研究科博士後期課程]
【概要】

 今回の発表では、ポートフォリオ作成を取り入れた、高校3年次「リーディング」授業における実践報告をします。ポートフォリオとは、生徒一人ひとりが学習過程において作成する学習物を、一定の目的に沿って考えながら収録したファイルのことです。
 昨年度1年間を通して、生徒たちとともに、試行錯誤を繰り返して作り上げていった授業について、ポートフォリオ作成のポイント、生徒の肯定的・否定的反応、教師の役割、評価方法、といったことを中心に報告したいと思います。また、生徒が実際に作成したポートフォリオを回覧しながら、英語教育におけるポートフォリオの可能性について、皆さんと気軽に意見交換したいと思っています。
【司会者後記】小林 玲浩 氏

 学習者中心の英語教育が広く関心を集めるようになり、学習者および学習過程に着目した研究や実践が盛んになされている。今回の中山氏による実践報告では、高校3年次の「リーディング」における、生徒によるポートフォリオの作成を導入した授業実践が紹介された。
 ポートフォリオをテーマとして扱う研究発表や実践報告は学会などの場でも見られるものの、この用語にまだ馴染みが薄いという方も多いのではないだろうか。外国語教育におけるポートフォリオとは、中山氏による簡便な定義によれば、学習者が自分の学習過程での産物などをある一定の目的に沿って自ら収録したものであり、それはちょうど子供の成長過程をまとめたアルバムに似ている。学習による成果(能力)はしばしばテストによって測定・評価されるが、学習過程を同様のテストで測定することは困難であり、ポートフォリオはこのようなテストに代わり学習過程を評価できると捉えられる。ポートフォリオは内容型の科目よりもスキル獲得型の科目に対して有効とされ、その活用の意義として、(1) 学習の実態に基づき目標に準拠した評価ができる、(2) 個々の学習者に応じた指導ができる、(3) 学習者自身による自己評価力の育成につながる、(4) 保護者などへの説明責任を果たすことができる、などが挙げられる。
 報告の中では、年間の授業を通して作成したポートフォリオを生徒自身が更に凝縮してまとめた凝縮ポートフォリオが回覧された。そこには、生徒がどのようなことに力を注ぎどのような成果が得られたか、またその得られた成果はどのようなことから判断できるか、といったことが、学習内容に対する感想や意見も交えながら、時系列的に丁寧にまとめられていた。これらのポートフォリオからは学習者の学習進度や到達度を把握でき、更には学習スタイルや使用している学習方略、学習に対する動機づけなどを窺うこともできる。普段なかなか表面化しない学習者の心理的側面をも垣間見ることができ、教師が授業を進める上でも有益な情報が得られる。また、学習者間あるいは学習者と教師との間で適宜ポートフォリオを検討することは、学習者自身による学習過程・成果に対する振り返りや、教師による個々の学習者に応じた学習支援を促すことにつながると言える。
 ポートフォリオは、作成すること自体が英語力の伸びに直接つながるものではなく、またその作成が授業の中心的な目標でもないが、学習活動を受動的なものから能動的なものへと転換させる可能性を持つと思われる。個々の学習者の目標や到達度に応じた指導が可能となる反面、このような個別性や学習スタイルなどに見られる個人差をいわゆる一斉授業の中でどのように活かせるか、学習の達成状況や次の目標を学習者にとって見えやすくするために評価基準をどのように設けるかなど、課題も指摘された。また、今回の報告で紹介された実践においては、ポートフォリオへの収録内容の選定は生徒自身に委ねられていたが、その選定についても更なる検討が必要であろう。何よりも、ポートフォリオの作成・評価は学習期間に合わせて継続的に行われることが望ましく、一連の作業に係る教師の労力は計り知れないものがある。それでも、作成の過程で目標への到達度を実感・自己評価できれば、学習者は自信を高めることができ、更なる学習への動機づけにもつながるであろう。また、ポートフォリオの活用は、学習の記録と評価という二つの側面を併せ持つことから、学習者自身が自分の学習に責任を持つことが重要であるとする自律的学習を促す観点からも有意義であろう。このように、全体を通して多くの示唆に富む興味深い実践報告であった。